日本人学校卒業生からのコメント

サブラン ドミニク

在籍期間は?
小学校1年から中学3年までの9年間(1998~2007)
日本人学校での思い出は?
日本人学校での思い出といえば、日本ではちょっと考えられない数々の行事です。幼稚園の子供が中学3年生の男子に懐くという状況がごく当たり前だった当時は何とも思わなかったのですが、日本での学校生活を送っているとそんなことは大家族の親戚以外ほぼありえません、通報される可能性すらある世の中です。そんな日本人学校での行事はどれも新鮮で、そのどれもが脳裏に焼き付く程鮮明に覚えています。全ての行事に全力で挑み、頭を絞り、先生の叱咤激励に一喜一憂しながら毎日を色濃く過ごしていたような気がします。未だに忘れられないのが真夏の炎天下での南中ソーランならぬ南国ソーラン。よく誰も熱中症にならなかったなと、今では不思議に思うくらい全力で練習し、衣装も手作りし、筋肉痛に苦しみながら頑張ってやり遂げたなと、その時の自分を褒めたいです。
海外で日本人学校に通い、振り返って想うこと
また勉学の方でも個人的に大変助かりました。当時クラスには5人しか在籍していませんでした。逆に言えば毎日マンツーマン形式の授業を9年間受けていたことになります。僕が受験しようとしていた高校は札幌市ではトップを争う進学校。日本のライバル達は皆塾に通う中、文武両道が必然的に可能になってしまう日本人学校で過ごせた自分は本当に恵まれていたと思います。そのお陰で何とかその高校に受かることができ、日本での高校生活を送らせて頂きました。当時お世話になった先生方には頭が上がりません。勉強合宿や居残り授業は当時ただ憂鬱で眠気との戦いにしか思えませんでしたが、今振り返ると、どれ程先生方が苦労して全国の過去問を取り寄せて下さったり、模擬試験を受けさせて下さったりしたかと思うと、その情熱に何とか応えられることができて良かったなと感じます。 未だにグアムに帰る度に日本人学校を訪れるのは、ここが自分の基盤を築いてくれた大切な場所だからです。今後もこの素晴らしい学校からどのような後輩が輩出されるのかと思うと楽しみで仕方ありません。

補習授業校卒業生からのコメント

グアム在住 Y.H

在籍期間は?
小学校3年生から中学校卒業まで
日本人学校での思い出は?
幼少期をグアムで過ごしたのち、一度日本へ帰り完全に英語を忘れてグアムへ戻ってきたのが小学校3年生の頃。当時の記憶は未だに鮮明に覚えていますが、最初は良い思い出などあまり無いものです。現地校へ通う生活は自身の性格も相まってか、精神的に非常に辛くストレスが溜まる毎日でした。全く頭に入ってこない勉強内容に毎晩イラつき、友達やクラスメイトとはまともにコミュニケーションも取れず、ブリー(いじめっ子)達にとっても恰好のターゲットとなっていました。ただそんな中唯一ストレスを発散できたのが補習校でした。休憩中だろうが授業中だろうがぺちゃくちゃと友達とお喋りをしては先生に叱られていましたが、「言いたい事が言えない、思い通りに行かない」という現地校で溜まったストレスを言葉が通じる、心が通える日本人がいるという環境で発散していたからこそなんとか心のバランスが取れていたんだろうと思います。思い出とは少し違うかも知れませんが、強く印象に残っているのはこの頃の記憶です。
海外で日本人学校に通い、振り返って想うこと
日本人だから日本語が話せて当然。そう思っていた自分は日本人学校へ通う事は当たり前の事だと思っていました。もちろん日本人学校へ通っていれば日本語を忘れる事はないだろうし、ちゃんと勉強をすれば勉強をした分だけ身に付くはずです。しかし、それとは別に日本人学校へ通って得た大切なことは、自身のアイデンティティーの構築に役立ったということです。自分は日本人なの?一体誰なの?色々な狭間でふわふわとした気持ちを抱え過ごした経験は海外で思春期を過ごした人であれば誰しもがあるのだろうと思いますが、日本人学校へ通っていた日々は自分の心に深く根付いているのだと思います。同じような境遇を共にする仲間達と一緒に過ごし育った事によって「自分は一人ではないんだ」という認識が芽生え、彼らの存在自体が自分の礎になっている気がします。日本人学校へ通う日々が無ければ今の自分は居ません。そしてそんな自分が好きだったりもします(笑)