山本 梨可さん
聞き手:臼井 里香さん

グアム日本人学校を卒業して良かったと思うところは?
グアムと日本の両方の文化を学べることができたところでしょうか。現地校との交流もあった故に、日本人学校ならではの学業と現地校に通っていたらこういう事が出来るんだ~すごいなと思いました。
グアムで就職した理由
日本人学校に通いながら英語が出来たのは、英語の勉強を家で出来るよう母が家庭教師を雇っていたことが大きいと思います。子供の頃は勉強よりは遊びたい、英語のテレビ教育番組を見るよりは自分の好きなアニメがみたいと思いながら、家庭教師の言うことを聞いていた感じを、なんとなく覚えています。そして高校卒業した後に自分で何とか一人暮らしできるようになりたい!と中学生のころから思っていました。それが一つの夢だったのかもしれないですね。

私の家族は、私も入れて4人兄弟でして、割と騒がしい感じの家でした。部屋も誰かとシェアする、ロックのないドアノブでいつも出たり入ったり。一人暮らしすればゆっくり自分のやりたいことを誰にも邪魔されずに出来るんだなぁ~、と。

そこで、自立するには、仕事をするしかないでしょう、という結論に至ったのだと思います。

2世代の理事としての活動を通じて感じた事は?
日本人会理事と言う役目がグアムの日本人コミュニティーにとって、とても重要である存在という事ですね。実際、日本人会の世界に入ってみていなかったら知らなかったことが数々あります。何より一番勉強になったのが、文化部を通じて入会していたGuam Council of Women’s Club (通称:GCWC)と日本人会最大のイベント、「日本人会主催の秋祭り」での経験です。

理事になるまでは新聞やテレビで見かけていましたが、特に興味があまりそそられることは無かったのですが、今度は参加し、もっと参加者を集客するという立場になりましたので。そして、準備にかかる時間、人手、お金、等諸々のものが必須になるということが、大勢が集まれば集まるイベントほど、大変な作業になんだと改めて実感しました。

グアム日本人学校で一番大変だと思ったのがブルースカイ委員会に入った時です。全校生徒が参加するほとんどのイベントの担当者、つまり、そのイベントが全校生徒(小学1年生から、中学3年生まで)にうけないと失敗になってしまう。なんとかおもしろいことをできないかな、というゴールで参加していました。でもそれに比べると、はるか何千倍も大変な作業だと思います。

どうもありがとうございました!