名誉会員受賞 飯塚保さん略歴

山形県新庄市出身。
1971年12月ヒルトンインターナショナルグアム開業(1972年2月オープン)の為、東京ヒルトンホテルより転勤。
レストラン・バー・宴会・料飲支配人職を経て1985年退職、翌1986年グアム銀行タモン支店向かいに1戸(2階)建て日本料理店「一心」をオープン、1993年6月隣接で新築のロイヤルパームリゾートホテル&コンドに移転、同年8月M8大地震によりホテルが倒壊、立ち退き、翌1974年2月ハイアットホテル向かいにラーメン店「太助」オープン、1997年ウエスティンホテルに「一心」を再オープン、現在に至る。
現在、日本人会秋祭りアドバイザーのほかメイク・ア・ウイッシュ・グアム名誉理事、ピース リング オブ グアム副会長を兼任。

日本人会との関連を振り返って ~ 飯塚 保

飯塚保様 1977年「グアムに住む日本人の子供たちに日本の祭りを経験させてあげよう」と祭りが旧オークラホテル駐車場で発足しましたが、当時のヒルトンホテルが会員ではなかったため盆踊りの太鼓を叩く手伝いに顔を出す程度でした。、あの当時は諸外国(韓、台、比)アソシエーションの大きなイベント活動が目立ち、その収益金で公園のパビリオン建立などと地元に大いに還元していました。出来立ての日本人会はこぢんまりと内輪の活動だけでしたので悔しい想いをしたものでした。

 1983年、秋祭り会場がイパオ公園に移り、ローカル入場者が増え地元の人気のイベントとして楽しみにされるようになってきた1986年に独立し「一心」をオープン、祭りへの本格参加が始まりました。祭り当日は昼夜閉店し家内を先頭に従業員総出で握り寿司を販売し、自分は遠山氏と(後に小瀧氏も)盆踊りの太鼓を叩くようになりました。

 1994年「一心」閉業後ブースでの食品販売は出来なくなりましたが日本人会理事として3年間勤めました、
 1年目は運動部副部長、あとの2年は青年部部長として祭りの実行委員長、そして
理事を離れた次の年から現在まで実行委員会相談役として理事、特に青年部の補佐役をやらせていただいております。
 そして1996年に好祭会が設立、副会長を3年、故谷口初代会長の後を継ぎ会長として現在に至ります。1993年、臼井現副会長の奥様の故郷北海道津別町の神輿会が地震のお見舞いで参加され、持参した神輿を寄贈していただきました、その神輿の保存と管理、そして日本から毎年自費で参加される演舞の皆さまをしっかりと歓迎する目的で好祭会が出来ました。初心の「子供たちが主人公」という想いもあり、日本人学校の子供たちが担ぐ神輿をみんなで盛り上げることを大事に思っています。日本からの神輿の担ぎ手も少しずつ増え、今では50人を超える仲間が出来ました。

 祭りの準備に何か月も掛かり3年間担当される理事の皆さんは大変にご苦労されておりますが、理事の他にもグアム生活が長く理事経験者を含む祭実行委員がおり、中には20年余りアドバイザーとして尽力されている方も何人かおります、本当にお疲れ様です。

 祭りの成功は担当して努力してくださる日本人会理事、実行委員の皆様、好祭会の仲間、日本から自費参加の皆様、そして主催者としてブースで販売してくださる日本人会会員の皆様のお陰です。
地元の皆さんはこの祭りを通して日本の文化やしきたりなどを知り、もっと日本に興味を持ち、又日本人会をある意味尊敬の目で見ています、そして私たちも日本人として誇りに感じるイベントです。できる限る続けていきたいと思っています。

◎歴代の名誉会員は こちらで見られます