渉外広報部長 小松 英悟さん

渉外広報部 小松 英悟

 
 日本人会理事の任期3年が満了となるこの3月末で、ちょうど勤務する会社の解散が決まり、家族でグアムを離れ日本へ帰国することになりました。グアム生活と日本人会理事を同時に卒業することになりましたが、任期の最後まで理事の務めを全うすることができ、ほっとしています。その達成感と同時に喪失感があり、一抹の寂しさを感じています。

 会報誌「ラッテ」や日本人会ホームページ等を通して、日本人会の活動を内外のコミュニティに広報し、協力をお願いしたり、相互理解を深めるのが渉外広報部としての主な業務でした。理事の仲間とイベントを成功させるために知恵を出し合ったり、有志のラッテ編集委員や事務局の方々と共に日本人会のためになりそうなことをいろいろ考え、語りあった時間は、いつしか自分にとって温かく楽しい気持ちになれる、大切な時間となっていました。皆様には心から感謝しています。

 会社の業務や普段の生活だけでは知り合えない、様々な方々とお付き合いさせていただきました。勉強になることや興味深いお話が多く、グアムで過ごす時間がより充実したものとなりました。理事の仕事は確かに楽なものではありませんでしたが、それ以上に得たものの大きさに感謝しています。
 
 
総務部 中村 一樹さん

総務部 中村 一樹

 
 理事での3年間を一言でいうと、「貴重な経験ができた」ということに尽きます。
3年前は、グアムに来て2年程しかたっておらず、同業者以外の知り合いが全くいない状況でした。当時の理事の方に、いろいろな知り合いができていいですよと言われ、その程度の気持ちで立候補したことを覚えています。

 青年部で1年、総務部で2年、最後の1年は書記長兼総務部長という重役を担当させていただきました。日本人コニュニティーの代表として、グアム政府、韓国や中国のコミュニティーとのかかわりもあったり、自衛隊や韓国海軍のグアム来島の際には、艦上パーティーのご招待にあずかったりと、とても貴重な経験ができました。また、日本にいると決してお付き合いできないような方々と知り合い、お酒を酌み交わすこともあり、様々な話をさせていただきました。これも、大変貴重な経験でありました。

 個人的には、飛行機マニアなので、このフィールドにおける貴重な経験を付け加えさえていただきますと、ある理事の方のご配慮で、現役の整備士さんの案内による飛行機の見学、また、前述のように自衛隊にご招待いただいた際には、護衛艦の飛行甲板やパイロット控室を見学する機会に恵まれ、これは貴重を通り越し、マーヴェラスな経験でありました。

 理事の仕事は大変でしたが、今は、お付き合いできた方々のお名前と顔、それと貴重な経験しか思い出せない状況です。本当にやってよかったと思っています。
 
 

青年部 副部長  中西 慶一さん

青年部 副部長  中西 慶一

 
 終わってみれば、あっという間の3年間でした。
1年目は、教育部、2,3年目は青年部に所属いたしました。
特に3年目の年には途中で青年部長に担ぎ出されました!!!

 前年度の経験があるといえども、全くの暗中模索でしたが、周りの皆様、とくに 実行委員会及び理事会の皆様のご協力がなければ、到底達成できるイベントでは無かったと思います。ただただ今は無事に秋祭りが終了できてほっとしているところでございます。

 後日 反省会を兼ねて理事会にて意見を頂きましたが、青年部としての(秋祭り担当)至らなかったところ、適切な指示が無かった等、また日本人会全体としての秋祭りの運営等、いろいろご意見を頂きました。

 来月より 新しい理事会が、発足しそれぞれの部の活動がスタートいたします。
青年部といたしましては日本人会はもとより、グアム在住の日本人の方々、また、ローカルの方の最大のイベントと秋祭りを捉えております。
これまでに頂いた指摘点、ご意見をご参考に、新しい青年部を筆頭に今までにない秋祭りを成功させていただきたいと願っております。

 また何かのかたちで来年も秋祭りのお手伝いができればと、思っております。
3年間どうも有難うございました。
 
 
文化部  小川 芳子さん

文化部 小川 芳子

 
 去年の4月から1年間だけレオパレスからの3人目の理事としての任務でしたが、無事1年間が終了しました。私は文化部のお仕事のお手伝いをさせていただきましたが、副部長の谷本さんの仕事量は半端な量ではなく、ご自分のお仕事と日本人会文化部の理事の仕事とご家庭での主婦業を見事にこなしているお姿には敬服いたしましました。また、日本人会のメーンイベントである秋祭りを担当している青年部の理事の方たちも大変なお仕事をされている事を改めて認識させていただきました。こんなに高額な金額が動いているイベントをボランティアとしてご自分たちのお仕事の片手間に出来るものではありません。この期間に、中心になっている担当理事の方たちがどれだけいろんなことを犠牲にされていたことでしょうか。今後は秋祭り専門家チームを作り、彼らで毎年運営された方がスムースに行われるのではないかと思い、過去に理事を経験された人たちと話したところ、みな同じことを考えていたことが分かりました。それがなぜ反映されないのかと考えているうちに理事の仕事が終わりました。次はあなたの番です。
 
 
文化部理事 スミス 八恵子さん

文化部理事 スミス 八恵子

 
 私は日本人学校の教師をしている傍ら、日本人会の理事として3年間勤めさせていただきました。最初の年は、最年長で青年部に配属され、嬉しく思い張り切って秋祭りの実行委員の拝命をお受けしました。ところが、企業の門をたたき、ドネーションをお願いし、断られる,電話をしては、断られるの繰り返しの夏休みが苦い思い出となっています。

 2年目は、商工部に配属され、初めての企画として建設業界の座談会が企画されました。
そのときの録音テー プから文字を起こし文章にすることは、慣れないことでしたが、なぜか楽しい思い出となっています。そして、最後の3年目は文化部に配属されました。この文化部の副部長である谷本さんの仕事量が本当に多く、少しでも谷本さんの負担を少なくしたいという気持ちで一杯でした。 大変だった1年目、勉強になった2年目、副部長の仕事ぶりに感心した3年目、長いようで短い3年間でした。