「戦争の歴史は正しく認識して後世に伝えなければなりません。ボランティア活動の一環として、グアム在住の皆様を対象に無償で本物の横井ケーブにご案内します。」フロンティアツアーの募集に共感し、ツアーに参加させていただいた。ご存じのとおり、タロフォフォの滝公園にある「横井ケーブ」とは観光用に掘られた複製である。

 良く晴れた当日の朝、タロフォフォ村に集まったガイド3名を含む総勢18名で目的地を目指した。四駆のトラックで進める道があるのは途中のスイカ畑まで。そこから先の約5キロは道なき道を歩く。いくつかのジャングルを抜け、川を渡り、丘を越える。かつて横井氏も身を隠した背丈よりも高いカヤをかき分けて進む。そこを住処にする蜂を起こしてしまうと大変なことになる。

 隠れ家を掘る場所には条件があった。人が通らない、見通しがきく、薪や食糧に不自由しない、雨季でも浸水しない。彼方にラムラム山を望むゆるやかな丘の上に出た。木が生い茂り、その脇が竹藪となっている谷間が目前に見える。ここだ。ここが条件を満たす場所だ。細い小川が流れる谷を挟んで斜面が竹藪となっている。斜面は見通しがきく丘に続き、隣接するジャングルは食料となるヤシやソテツ、パンの木が豊富で、踏み込むと迷いやすい。水路を利用して穴に出入りすれば足跡の心配が少ないし、竹は地震に強く、様々に加工でき、根の広がりしっかりしているという魅力があった。敵に追われ、地下にもぐることを決め、いくつもの穴を掘っては失敗し、最後は一人で逃亡生活を送ることになったその洞穴は、この竹藪の中にある。


 竹藪に入る。小川から緩い斜面を高さ3メートル程上がったあたりに直径60センチ程の穴の入り口があった。穴は土砂に埋もれて今は深さも60センチ程の小さな穴でしかない。かつてはこの中に奥行4メートル、幅1.2メートル、高さ1.5メートルの空間があり、中にはかまどや井戸、水洗便所まであった。別居を繰り返した2人の仲間が大型台風の後で亡くなってからの単独8年間、独り言をつぶやくことさえなく、1年に175本ものウナギを捕え、時にはネズミにソテツの実を毒抜きして挽いた粉をつけてヤシ油で天ぷらを揚げる、そんなこともあったという。ここがその場所なのだ。

 去り際、もう一度振り返って穴を見つめた。何の作戦も防備もない島に放り出され、死ぬ以外の道はないジャングルで、ただ明日を追いかけて逃げ込んだ、暗い穴から無声の慟哭を聞いた気がして。

編集委員:E.K