母親が白髪染めをする様子を見ていた。

 普段は美容院で染めているのだが、最近は良いものが出ているから、と言って時々自宅で染めることにしたらしい。色ムラが出ないようにと頭を傾けて捻って、ショートカットの髪をあっちこっちに動かしながら、ゴム手袋に盛った白い泡を揉み込んでいる。そんな姿を横目に脇でスマホを弄っていて、ふと気づいたことがあった。とにかく無臭なのである。あの毛染め独特のツーンとした臭いどころか、薬品の臭いすらしない。小学生の頃、祖母が自宅で染めて顔をしかめた時も、自分が親に隠れて夜中こっそり浴室で染めた高校生の時も、あの強烈な臭いはつきものだった。音をたてないように静かにやっているのに、浴室に残る篭った臭いと、1回洗ったくらいじゃ取れなかったあの髪の臭いでばれるんじゃないかと緊張したものだ。(ちなみに小心者の自分は染めたかどうか殆ど分からないくらいのこげ茶にしか染めなかったので、ばれないだろうと踏んでいた。)

 嫌な臭いがしないことを売りにした染毛風景は、あれから随分と様子を変えていた。
そうか、あれから15年近くも経っているのだ。気づけば良いものが出るほど、時は移り変わっているのだった。そんな月日を経て、自分を取り巻く環境も大きく変わっていた。

 海外旅行にも興味のなかった自分が旅行会社に入り、来たこともなかったグアムに住み、そして、日本の上空をミサイルが飛んでいる。否が応にも、”戦争”の2文字を身近に感じざるを得なくなっている。子どもだった自分は社会の授業でしか戦争を知らなかったし、もう戦争なんて”起こさなければ起きない”ものだと、あの時どこかで単純に考えていたのだと気づかされた。

 望む望まざるに関わらず、いつの間にか影は忍び寄り、巻き込まれていくこともあるのだと、威嚇の標的とされる島に住みながら初めて知ることになった。

新編集委員:T.Y