TPMicronesia 代表取締役社長 神森啓有氏   Vol.127

~世界で活躍する永遠の野球少年~

神森啓有さん

今回は今年3月に赴任された神森啓有(かみもり ひろあり)さんにお話を伺いました。

まずは簡単にプロフィールを教えて下さい。
1960年11月 東京都立川市生まれです。幼いころから野球に没頭していました。JTB入社後は本社のグローバル事業本部や海外の支店を複数経験し、今回のグアム赴任へと至っています。
神森啓有さん野球のお話は聞かずにはいられません。何歳から始められたのですか?
小学校に上がる前から父と良くキャッチボールをしていた事を覚えています。小学校時代はリトルリーグに所属し、都立立川高校では甲子園を目指しました。高校3年生の時には予選の西東京大会で日大三高を破り、ベスト8に進出しました。ちなみに日大三高はその敗戦後、現在までの42年間、西東京大会では都立高校に敗れていないそうです。
野球をしていた人間にとってはどれだけの快挙か良くわかります!社会人になってからも野球をする機会はあったのですか?
「マスターズ甲子園」という高校のOBチームがエントリーできる大会があり予選を経て2012年に甲子園の土を踏みました。さらに親子でキャッチボールをするというイベントも行われ、お子さんを呼ぶ人が多い中で私は父(当時86歳)を呼んで数十年ぶりの「親子キャッチボール」を憧れの地でする事ができました。
心温まる素敵なエピソードですねえ。グアムとの関わりも野球が関係しているとか?
実はリトルリーグ時代に当時の世界王者グアム代表が日本遠征に来た際に試合した事があります。ピッチャーとして完投勝ちを収めましたが、とにかく体が大きかったのを覚えています。言葉は通じなくても共通のルールで試合ができる事がスポーツの良い所だと思います。
さて海外赴任の経験が豊富だとお聞きしました。
シンガポール5年・イタリア4年・韓国に4年おりました。それぞれJTBグループとして重要な拠点ばかりでした。今回のグアムも重要拠点でやりがいを感じています。
各地の印象や特に記憶に残るエピソードがあれば教えて下さい。
シンガポールでは建国30周年の交流事業として「日星郷土祭」の誘致を行いました。日本大使館、日系の航空会社・ホテル・旅行会社各社と連携し、当時の宮澤首相にも働きかけを行い、日本から秋田竿燈まつり、山形花笠まつり、盛岡さんさ踊りを誘致し約2000人がシンガポール・ナショナルスタジアムで披露するという記念事業に携わる事ができました。その翌年のパレードで現地の方が竿燈を模した飾りを作りオーチャードロードを歩いているのを見て「文化が海を渡った!」と感動し涙がとまりませんでした。
最後になりますが、今後の抱負をお聞かせ下さい!

この4月より弊社は経営体制の変更を行いました。パシフィックミクロネシアツアーズ(PMT)とラムラムツアーズ&トランスポーテーションを各事業部とするT.P.Micronesia,Inc. がミクロネシア地域の統括会社となりました。今まで以上にグアムや事業パートナーの皆様に寄り添い、新しい需要、新しいビジネスを創造したいと考えています。ツーリズムは絶対に無くなりません。長嶋茂雄さんの言葉を借りれば「永久に不滅です」。コロナで抑圧された分、大きなリバウンドが期待できると考えております。「ビジネスの拡大」「グアムへの貢献」「お客様への実感価値のご提供」の為にONE TEAMで取り組んでまいりますので、今後ともご期待頂ければ幸いです。

実はイタリアでの南イタリア事業拡大や、韓国で平昌オリンピックに携わったお話など、他にもたくさんのエピソードをお聞きしましたが文字数の都合から載せる事ができませんでした。さらに日本から持ってきた“よもぎ”でパンを焼いたり、パスタを作ったりと料理にも挑戦するそうです。過去の赴任地と同様、グアムでもどんな「物語り」を作るのか本当に楽しみです。

インタビュアー 編集委員 亀井俊士満